デイン王子パラレル(その5)
そろそろ花粉の季節となってきました。
あったかくなってくると、ヤツらは一気に飛散します。
それはもう、てきめんに鼻にきます。
くしゃみの連発と鼻水の決壊で、思考力が大幅に殺がれてしまいます。
薬をのまないとやってられません。
そんでもって、
市販の鼻炎薬というのはものすごく効きます。
風邪薬とかって、きいてんのか効いてないのかわかんないですが、
鼻炎薬はもうてきめんに効きます。
医学ってすげーな!!
と感心通りこして畏怖を覚えるほどに。
とりあえず今はまだ薬に頼るほどではありませんがね。
今年の花粉の飛散量は、ここ5年間で一番少ないそうですよ。ほっ。
ということで、小話の続きです。
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『Cage』
5.
話にはよく聞いていた。
——内緒のお話よ。
そういつも前置きしながら、母はアイクに語ってくれたから。
王城の一番奥にある、背の高い塔の中。
自分と同じくらいの年の王子様が、閉じ込められているんだって。
「……可哀想だな。そいつ」
「そうね。とても可哀想だわ」
「そこから出してやる事は出来ないのか?」
「残念だけど……出来ないの」
どうしてと問いつめたかったが、母があまりにも悲しそうな顔をするので、どうにもしようがないことなのだと、幼いながらもアイクには分かった。
「……」
屋敷の窓から見えるデイン城は、黒々とした頑強な城だった。
大陸にも名を轟かせている王が鎮座し、四駿と称される武勇の誉れ高い四人の武将がその脇を固めている。
白い雪の中にあってもその黒い城は冴え冴えと聳え立ち、城の中——そして城下町に住む者を外敵から守ってくれる。
そんな堅固な城の奥に、ひっそりと閉じ込められている。
誰にも知らされず。
その存在を隠されて。
「そいつ……一人で寂しくないのかな?」
窓の外から視線を外し、アイクは手の中のカップを握った。
ほどよく温められた牛乳が、掌にほんのり温もりを与える。
外から帰って来たアイクに、母が入れてくれたものだ。
独り言のよう呟いたアイクの声に、エルナはふと振り返る。
「寂しいという、感情自体を知らないのよ」
「? どういうこと?」
首を傾げてみせる息子に、エルナは台所仕事していた手を止めて。
白いエプロンで両手を拭きながら、テーブルに向かうアイクの前に彼女もまた腰を下ろした。
真っすぐ見上げてくる息子の頭を優しく撫でて。
——アイク。
「人が寂しさを感じるにはね、誰か他に人が居ないと駄目なのよ。アイクが一人になると寂しいなあと思うのは、いつも私やお父さん、ミストが傍に居るからなの。初めからまわりに誰もいなければ、居なくなって寂しいなんていう感情は、ひとつも浮かんでこないのだわ」
「……でもそれって、もっと寂しいんじゃないのか?」
「ええ。そうね。きっとずっと寂しいんだわ」
「ずっと寂しいから、もう分からなくなってるんだ」
「そうね。寂しい事が、当たり前になっているのね……」
それはどんな気持ちだろう。
考えると、何も見えない奈落の底を覗くような感覚を覚えて、アイクはぞっと身震いした。
自分には想像もつかなかった。
「どんな奴なんだ? その王子様って」
悲しい瞳をしている母にアイクは訊ねた。
「母さんはそいつと会えるんだろう? いったいどんな奴なんだ?」
「……セネリオさまと仰るのよ。とっても頭が賢くて、アイクが読めない難しい本もスラスラ簡単に読めてしまうの」
すごいでしょう? と語る母に、アイクは少し面白くなかったが、でもどうしてそんな凄い奴が閉じ込められているのだろうか。
理由を聞くと、母は少し言いよどんでから。
「セネリオさまは……力がお強くありすぎたのね。とても強い魔力をその身に秘めておいでなの。でもまだお小さいから、その力を巧くコントロールが出来ないの」
「魔力って、母さんが杖でケガを治したりするアレのことだろ? そいつそんなことまで出来るのか」
目を丸くするアイクに、エルナはええと頷いた。
「そうよ。ただお母さんと違って、杖使いというよりも魔導士としての才の方がお強いんじゃないかと思うのよ」
癒す力というよりも、攻撃に転化させる才能の方が強い。
「だから余計に、制御の出来ない強い魔力で人を傷つけてしまうのね」
「そいつ……人を傷つけたのか?」
「わざとじゃないのよ。でも……強すぎる力というのは、時に人から疎まれてしまうものなの」
「だから閉じ込められているのか?」
「そうね……きっと……そういうことなんでしょう」
少し歯切れは悪かったが、母の言う事は何となく理解が出来た。
でも、だからといって、その少年がたった独りぼっちで、暗い塔の中に閉じ込められている事は許されて良いものだとは思えない。
「母さんは、そいつに触れても平気なのか?」
「ええ。これでも腕利きの神官ですからね。王様もそれを分かって、私にセネリオさまの面倒を見るようにと役目を仰せつかったのだわ」
「王様……」
「アイク?」
「……王様って、そいつのお父さんなんだろう?」
少し非難めいたアイクの言葉に。
「――アイク」
母の目が少し尖った。
それ以上は言葉にしてはいけない事柄なのだと、騎士の子であるアイクには分かった。
従者が主を責めてはいけない。
それは分かっている。分かっているけれど。
でも本当に主が正しい人ならば、母がこうして内緒話をするはずがないのだ。
可哀想なその王子に。
なんとかしてあげたい。なにかしてあげたい。
そう思っているからこそ、母は自分に聞かせるわけで。
(そういえば、そいつの母さんはどうしてるんだ?)
アイクははたと瞬きをした。
こうして赤の他人である自分の母が心配する以上に、そいつの母親は心配しているんじゃないか?
我が子の置かれた境遇に、何も口を出せないのか?
「お妃様は……ご病気なのよ」
「病気?」
「ええ……ご病気なの」
それ以上は口を閉ざし、エルナはアイクの頭を再び撫でると台所へと戻っていった。
子供心にも、複雑な事情があるのだとアイクには分かった。
(一体どんなやつなんだろう?)
子供部屋へと引っ込むと、アイクは手足を広げてベッドの上に寝転がった。
見慣れた天井の木目を見ながら、囚われの王子とやらの顔を想像する。
だが母親の話には彼の容姿についての説明は無かった。
輪郭すら描けずに、アイクはただ母から聞いた話を思い出す。
魔法使いの才能があって、知らずに人を傷つける。
寂しい事に慣れていて、難しい本を簡単に読む。
(なんかよくわかんないな……)
とにかく、彼が閉じ込められているのは、強い魔力で人を傷つけるからなのだろう。
父親も母親も我が子に会おうとしないのは、その子供が自分達と似ても似つかぬ容貌をしているからじゃないだろうか。
(うん……。これだったら、怖くて塔に閉じ込めちゃうかもな)
アイクの脳裏に描かれたのは、怖い顔をした化け物のような姿だった。
しかし。
「……なんだ。こんな顔をしてたんだな」
「え……?」
「全然怖くないじゃないか」
それどころか、とっても綺麗な顔をしている。
「ミストの持ってる人形みたいだ」
白い陶器の肌を持つ、ビスクドールを思い浮かべてアイクは言ったが、セネリオには伝わらなかったらしい。
鉄格子の向こう側。
細い首を傾げながら、紅い瞳で見つめてくる。
母親からの話を聞いて、アイクが想像していた王子様の姿とセネリオは似ても似つかぬ様相だった。
服が薄切れているところなどは違わなかったが、まず大きさからして全く違う。
怪物のような大きな身体を思い浮かべていたが、セネリオの身体はとてもか細く小さく。
自分よりも随分と小さかった。
ミストと変わらないくらいじゃないかと。
そして、顔。
王子様と聞いてなければ、何の疑いもなく女の子だと思っていただろう。
それくらい目がぱっちりと大きくて、さくらんぼみたいに小さな口で。
弱々しい眉。白い頬。
声だって、消え入りそうに震えている。
(こいつがそんな、人を傷つけたり出来るんだろうか?)
むしろ反対に、容易に傷ついてしまいそうなのに。
その手も、足も。
簡単に折れてしまいそうなのに。
こんなところに閉じ込められて。
物語に出てくる雪の妖精のように、日に当たると溶けてなくなりそうだった。
それくらい、白くて小さくて消え入りそうだった。

